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2009年08月08日(土) 記事No.574
さっき、ばあちゃんちにご飯でも食べに(後すねかじりに・・・)行こうかと思って電話したら
「今バタバタしとるんよ。じいちゃんが死んだけ。」
って言われた。



俺自身はどうかというと、心なしか、特に悲しくはない。
実感がどうとか、そういう話じゃなくて、単純にじいちゃんに対する思い入れが少ないのかな。
元々、ここ数年はボケが進行してたし、歩くのもやっとな感じだった。
数ヶ月前、病院に入院した。
俺は病院には行ってないんだけど、ばあちゃんの話を聞く限り
ここ数日は、一日寝たきりの日もあったみたいだった。

覚悟してたのもある。いつ死んでもおかしくないってのは、ずっと思ってた。
じいちゃんが死んだとき、俺は悲しむのかな?という疑問は持ってたけど
実際に聞いて分かったことは、そんなに悲しいと思ってないってことだ。
ばあちゃんは、今は普通の声で電話に出てたけど、多分死んだ報告を受けた直後は、泣いたんじゃないかな。

笑ってる顔より、怒ってる顔の方が印象に残る人だった。
お見合い結婚で、好きでもないのにイヤイヤ結婚したって、前にばあちゃんが言ってた事がある。
時代背景を考えると、別に珍しくもなんでもないんだと思う。
なんでこんな人と結婚したんだろう。とか
子供2人(俺のオヤジとおばさん)連れて家に帰ろうか。とか
何度も思ったみたいだけど
当時は、結婚したらそこが家。実家はないものと思えってのが当たり前の時代だったし
こらえて、こらえて、一緒に生活してきたんだと思う。

じいちゃんは頑固だったし、決め付けたら、テコでも動かない人だった。
残念なことに、俺はこのじいちゃんの血を濃くついでるようだ。

でも、ばあちゃんはこうも言っていた
ひたすらに、真面目な人だったと。とにかく、真面目な人だったと。

ばあちゃんの本心が、どこまでどうなのかは分からない。
本当に一切愛がなかったのかどうかは分からない。
でも、それでも60年以上一緒に住んできた仲だ。
情はあると思う。

昔ドラマで、こんな言葉を聞いたことがある
『夫婦って言うのは、それまでまったく別々の生き方をしてきた2人が、いつのまにか親よりも長い時間一緒にいるようになるもの』だって。
親と一緒に暮らす時間なんて、せいぜい20年ちょっと。
俺の場合は17年だったけど。

そう考えると、すごいよなぁって思う。60年一緒に暮らしてるんだぜ。
俺が親と暮らしてた時間の3倍以上だぜ。

そして、それが一瞬にして消える。
60年間一緒に住んでた相手が、その瞬間に消える。

一昨日は生きてた。昨日は死んでた。でも今日は生きてる。
そういうんじゃないんだぜ。

ほんとに、その瞬間。その刹那から、もう会えなくなる。
どんな気持ちなんだろうな。
想像することは誰にだってできるけど、その想像があってるか。なんて聞かれると、自信はない。
そんなことは、ばあちゃん本人にしか分からない話だ。

これからが、大変だろうな・・・。

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